Wednesday, August 04, 2004

Opus2:色街爆弾

 街のはずれから続く窪地にある色街へ向かうには、汚れて古びた木製の階段を降りる方法が一般的であるという。ともすれば見落としてしまいがちなその階段は実は窪地の入口にいくつもあるのだが、雨でも降ろうものならもうぐずぐずに濡れてしまうらしく、私が今見たところでももうそろそろ腐り落ちるか誰か足を滑らせて怪我をするかくらいの出来事はある造りだと思う。だが意外とそういうことは起こったという話は聞いたことがない。近頃ではどことも知れぬ上空から爆弾が降り注ぐようになったという馬鹿げた悪条件下にあるこの街の数少ない産業のひとつである色街の命運は、ある意味この頼りない階段の頼りない双肩にかかっていると言える。
 とはいえ、全幅の信頼をこの階段に寄せることも博打めいているので、私は街の中心部の方からどかんぼかんとうるさい音が鳴り響いているのをよそ目に、階段を一段一段、恐る恐る踏みしめながら降りていった。前日の雨のせいで窪地の斜面はどろどろ、階段は案の定濡れそぼって踏むたびに木に染み込んだ雨水がじゅわあと溢れてくる。そりゃあ足を踏み外しても多分死にはしないと思うのだが、少なくともスーツはどろどろのぐしゃぐしゃになることは明白で、クリーニングの手間と代金を考えると少なくとも進んで足を踏み外すわけにはいかなかった。もし私が足を踏み外したのなら、その時はあの武田にクリーニング代…いやスーツ代を払わせたいものだ。だいたい私がこんな階段をよろよろと下っているのも、武田、武田、武田のせいで、いやそれにしても彼はどこへ行ったのか。確かにこの色街の方へ奴は歩いていったはずなのだが。

 そもそもの話をすれば、7ヶ月ほど前に遡る。私は社用でこの街に訪れ滞在しているが、ここを最初に訪れた時からほどなくして自分は社から完全に切り捨てられたのだと気付いた。以来、残念なことに無為徒食といってもいいくらいの按配で日々を過ごしている。「新事業を興せ」という別段ありがたくもない辞令により出向してみれば、まあ元々ろくすっぽいい風評のない地域だったからある程度は覚悟していたものの、まさか始業から終業までぼんやりとした面持ちで座っている他は仕事をしている気配のない、私よりいくぶん年上の事務員、武田という男が一人いるだけの職場環境に放り込まれるとは思っていなかったので当初は面喰らったものだ。またこの事務員がどうにも要領を得ない男で、私の言うことにはああとかはいとか極めて短い言葉でしか答えないし、何かを頼んでもまるで精彩のない、というより仕事を遂行する気配すらない有様だった。その上、一週間に何度も終業時間内に何も言わずついといなくなったりしてそのまま帰ってこないものだから、私とて決して勤勉ではない方なのだが、さすがに心中穏やかではいられず社の方にもっとましな要員をよこせと訴えたくらいだった。彼が勤勉さを最大限に発揮しても、就業時間内にどこへも行かない、勝手に帰らない、という至極当然の結果以上のものは産み出せなかったのだ。

 もっとも、すぐに私の、改革への試みも徒労だということは判明した。何が新事業ですか、こっちはひどい有様ですよ、何を売れと言うんですかここで…ええと、それより、とりあえず武田さんをまずなんとかしてください、いやいっそのこと首を切ってもらえませんかね、なんですかあの人は…あれならそれこそ高校生のバイトかなにかの方がぜんぜん良いですよ、僕一人でどうしろと言うんですか、などと社の方にいるかつての上司に矢継早に電話で訴えてみても、いや、とにかくねえ、それをなんとかするのが仕事ってものでさ、君には人の上に立つ経験を積んでもらいたいし、いや苦労は苦労だろうけどね、あそこは決してやさしい場所ではないしね、でも苦労した分だけ自分の経験値はあがるんじゃないかな、などと抽象的な仕事論を繰り返すばかりだったし、武田のことにしても、武田君の件は検討するよ…まあ追々……いやいやすぐになんとかするから、もう少し頼むよ、ね、ね、の一点張りでらちが開かない。おまけに、次第に上司の野郎ときたら人にものを頼む時の態度を意図的に忘れたらしく、しつこいねえ君は、私が下手に出ていればいい気になっているんじゃないか、おい、なんて感じで自分は温厚で下手に出ているのに食い下がるお前が悪いのだとばかりに電話を切り上げることが多くなり、最後には居留守を使うというコロンブスの卵的発想に基づいた巧妙かつ卑劣な戦術に出やがった。いやいつなんどき電話を掛けても外出中なのだから冷静に考えてもおかしいわけで多分それは居留守だと思うのだけど、まあそんなこんなで社への連絡は2ヵ月もしないうちに私からの一方通行行事に成り下がったのである。さすがにその辺りで、いよいよ自分が受けている仕打ちは体のいい飼い殺しであり巷で噂のリストラであると思い到った。

 思い至ったらそれはそれで、こうなったら早いところ私の首でも切ってしまえば会社としても思い切りが良いんじゃあないか?などと自棄なことを考えるようにもなったのだが、なんだか口座を見る限りまだ毎月ちゃんとした給料も振り込まれているようで、社の中心、まあここに比べればどこだって中心だと思うのだが、中心から切り捨てられ連絡もろくすっぽ取れず放置されているという状況は不愉快そのものだけれど、金はあるので一応生活は出来ている。金さえあれば生活は出来てしまう。私は会社の方から「辞めてくれ」と言われるほど仕事が盆暗でもなかったはずで、だからまだ辞めろとも言えないのではないだろうか。このような遠まわしの手段に出ているのはそのために違いない。ただまあこの先はお定まりのコースで、この街でいまだどうやって興すかもさっぱり思いつかない新事業とやらを興して利益をあげない限り、こらこらお前は“仕事”をしていないじゃないか、利益をあげていないじゃないか、お前という存在はすなわちただのコストである、という言い方も出来るようになるだろうから、私の首切り執行日は遅かれ早かれやってくるだろうと思う。

 ということで思ったのは、どうやら私の身体は不愉快さが積もっても死ぬようなつくりではなかったようだし金はあるから今のところ生活は出来ているが、それよりも遠いかあるいは近い将来的に職を失う方がよっぽど死に近そうだいうことだ。金がなくなるということはイコール防御力が下がるということなのだ。
 それを避けるための選択肢は二つある。まず、新規事業とやらを成功させ、それで得た利益を会社に叩きつけ、社に颯爽と凱旋してやるということ。これはかなり痛快なシナリオであるが、問題がいくつかある。もう一つは、利益ではなく辞表を叩きつけて、まあここには叩き付ける相手もいないので実際は送りつけるということになりそうだが、とにかく辞めてやって、もっと社員というか私に思いやりのある別の会社に勤めるという二つの選択肢である。で、今の会社を辞めて再就職、となるとまずは就職活動をする必要がある。というのも私には口利きをしてくれる親戚、知己もなく、基本的には自分の足を使っていろいろな会社に赴いて、私には有用性があり、社会性もばっちりです、おまけに実は御社で叶えたい夢もあるのでして、それが叶ったあかつきには御社もハッピー、私もハッピー、そんなWIN-WINの関係になれますぜという類の法螺話を吹聴して回らなくてはならないだろうからだ。

(続く)

Wednesday, July 21, 2004

Opus1:雨の降る部屋

 雨粒が私のいる部屋から長く長く突き出した出窓の円い硝子の窓を無闇矢鱈に伝っているように見える。前日から降り続く雨足はいやに強く、窓を締め切っているにも関わらず、雨滴は窓を沁み抜けてしまっていたかのように出窓の通路を濡らし、出窓の先端、硝子窓そばの床は特に濡れているようだ。どこかに隙間があるか、あるいは窓を構成する硝子の分子の間を水がすり抜けているのだろうか、はっきりした理由はわからないのだが、雨が激しくなるとこの出窓はいつも水びたしになってしまう。本日も、薄暗く空を覆い尽くす雲から雨は降り続いており、いつ頃止むのやら杳として知れないその様子は聖典の中の洪水の話を私に思い起こさせた。あの話のように、世界中が、いや、それよりも私の住むこの部屋や街が水で埋まるようなことになったならば私はどうするのだろう。そうなったならその中を泳げば良いのではないか、などと幼い時分には思っていたのだけど、どうも泳ぐ前に死んでしまいそうだということは今はもう理解できる。
 出窓の内側に溜まった水を拭きとって、そしてこれ以上水が漏れてこないように窓にバリケードを備え付けなくては、と思い、緩やかなスロープを描く坂のように下っている、いくらか黴臭くところどころ黒ずんだ元は白いリノリウムの床を、硝子窓がある出窓の先へと釘や金槌、板やスポンジを携えて四つん這いに這い進んでいった。窓への通路は少しばかり下っているので、私は濡れた床で滑ってしまわないかいつも怖くなり、まあ、そんなことはだいたいなくて、交通事故よりは低い確率だと思うけれど、でもこの部屋はだいぶ高い場所にあって、滑った勢いで体ごと硝子窓を突き破ってしまえばあとは落ちて死ぬだけだから、私はそれが怖い。
 
 私たちは奇跡を積み重ねた世界に生きている、なんて、大仰な癖にありがちなことをいつも思う。いちいち言い出すのもばかばかしいことなのだが、たとえば、あの、自分に向かってくる車がいるとする。すれ違う時、運転手がハンドルを少し切れば私に追突できるのだし、いや別に私を巻き込まなくともいいのだ、私は死にたくはなくて、だからとにかく、車に関して言えば、それなりのスピードに乗ってハンドルを少し、切ってやれば誰かは死ぬ。私が死なないのはたぶん、奇跡とか、そういうのだ。また例えば、日曜のお昼、ぼんやりとテレビを見ているとか、そんな時があるとして、まあ何か飲み物でも飲みながら画面を見つめているとする。そして誰かが、その時誰かが画面の中で私をいらいらさせるような動きや言葉を発したとしよう。私はむかついて手に持っていたグラスをモニタに投げつけて破壊してやることも出来るし、よく、そういうことをしたらどうなるのかと夢想もする。実行すれば私のむかつきはそこで解消されるだろう、まあ、テレビをひとつだめにした後悔も襲うことになるので、やらないけれど。だけど、何かもう、どうでもいいという気分にでもなれば、やるかもしれない。それで、どうでもいいような気分になりそうなことは、生きてると案外多い。だいたいそんなわけで、硝子窓にそろそろ届こうか、という時、わずかに手が滑りかけ、奇跡が切れたのではないかと思ってぞくりとしたが、幸いなことに私はいきおい窓を突き破ることはなかったし死にはしなかった。
 
 そしてしとどに濡れる、まずは、この床をなんとかしなくてはいけないのだ、私は。遠い国の航空宇宙局が開発したという触れ込みのスポンジを手にして水を吸い始めると、スポンジはすでにだいぶくたびれているので、スポンジが誇る大仰な宣伝文句とは裏腹にそれは私の要求をあまり満たさないのだが、どうやら吸水性において雑巾よりはましなようので私はそれでいつも水を吸い続けている。
 水をあらかた吸ったならば、次はバリケードを築く必要がある。スポンジを床に置いて、窓の枠の少し外側の、釘が打ち込めるくらいには柔らかな壁に板を押し付け、釘で留めてゆく。狭い場所で座っての作業だし、窮屈な体勢での釘打ちはまるで炭鉱仕事のようだと思う。トンテンカンコン、と釘を打ちながら考えるのは炭鉱仕事についてで、そう、もしそれに従事しているのなら例えば、やはり過酷な労働条件、落盤し絶命の危険に曝される、などの出来事があるだろうし、そうなると私なんかはもうこんなところで私は働いていられないと思うだろう、産業革命が起こった国での女工哀歌のように、この炭鉱での仕事は耐え難いものがあると考えるだろう、目を覆うような薄給、肉体の限界に挑み続けているとしか思えない労働時間は私たちを苛み、仲間の顔には明らかな憔悴の色、私たちの未来は、もしそんなものがあるとすれば炭鉱の闇の中に吸い込まれているか、せいぜいがツルハシを振るった時の、石と鉄が出会う一瞬の煌きの中あたりに宿るかどうかすら知れない恐ろしくか細いもので、ああ、だから今こそ私たちは団結し、もっと確かな未来のために、搾取と隷属を強いるあのでっぷりとしただらしない腹をぶら下げている炭鉱社長を打倒する他ないのだ、そう、我々は行進する、勝利へ向けて、我々は強攻する、強欲張りの炭鉱社長、老獪の首級をあげるために、進むのだからいざ覚悟、マザーファッカー。

 というところまで考えて私は我に帰る。帰ったついでによく考えてみたら、何も空想の中とはいえ炭鉱社長の首を切り落とす必要は無かったかもしれない。少しバイオレントが過ぎるな、と思うし、もっとスマートに労働者の権利を主張し、圧倒的な弁舌(と、ほんのわずかの暴力の香り)をもって老獪を窮地に追い込んだ方が炭鉱労働闘争史に残る抵抗劇になりうるのではないか?なんてことも考えるわけだ。それより何より、老獪の炭鉱社長の人物設定があまりに“らしい”上に誰だそいつはと思う。少し空想が過ぎたかもしれない。そう考えているうちにも私は釘を打ち続けていたりするので、なかなかやるな私は、という気分にもなるのだが。
 そうして、カカン、と最後の釘を打ち終わって、どうにかバリケードが出来上がる恰好になった。外は雨の所為で涼しいものだが、こう締め切ってしまうとじとりと来る暑さが私に汗を促す。バリケードを貼り終わった硝子窓を後にして、再び四つん這いで戻ろうかと言う時、部屋の奥からRの呼び声、の後にうおおおという歓声が聞こえてきた。ひいきの選手がゴールでも決めたのだろう。

(続く。終了予定は未定)